浅沼 信子(あさぬま のぶこ)
Nobuko Asanuma

新現美術協会50年史掲載(2000年12月刊行)

「染色との出会い」

この夏の暑さをのがれて九月に中国のチベット自治区の拉薩まで旅をしてきました。つれあいの十三回忌の法要を済まして、何もかも区切られたらとの気楽な旅です。おかげで、新現美の五十年誌への原稿を提出すること、スポーと忘れてしまいました。早坂氏の電話の声に、海抜三千六百米の高地である拉薩の高山病と風邪のなごりのゴボゴボ咳もふっとんでしまい、あら、ごめんなさい・・・のほか一言もなし。申し訳ありませんでした。いつのまにか染色をはじめて、迷いつ、悩みつ、の四十年が過ぎてゆきました。

何んのまちがいか居心地のいい新現美の片すみで、伝統の染のワクの中では味わえぬ自由で奔放な、ろう筆にたくした自分の方向をまさぐりつつ、抽象の作家達の云わず語らずのきびしい視線を感じながら、うすっぺらな染のあり方と己の中味のとぼしさに劣等感をぬぐえずに、いつからかいなおり?と変じていったような気がする。戦中の無彩色にひとしい時代、美しいものにかつれていた頃、図書室の窓べでめくるとぼしい美術全集、かぎられた時間のほんの一時の夢の世界がありました。その後は墨で消された教科書のおそまつ、おして知るべし。混沌の世代でありました。

仙台に移って街で出会った趣味の染色展、すいよせられるように仲間に入れてもらい創ること、日常の生活の中の本物の贅沢さ、などなど学ぶことが多かったと今にしておもうのです。もの好きな私は色んな事に興味がある、さわってみる、やってみる、ためしてみる。これは子供並。どうやら私の時間切れ・・・も間近くなって来て今続けている縄文の炎シリーズいつまで続くことやら心もとない。せめてボケの来ないまに楽しい旅と、意にかなった作品に出会えるよう染めること止めるわけにはいかないです。

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