小山 喜三郎 (おやま きさぶろう)
Kisaburo Oyama

新現美術協会50年史掲載(2000年12月刊行)

我等が新現会も創立50周年を迎える。そしていつのまにか四捨五入すると70才になろうとしている私である。私を育ててくれた新現会に感謝しつつ、最近思うことをまとめてみた。

絵を書くという行為は子供の頃からはじまるが、大人になってからでも良いのではなかろうか?貧乏な家に生まれても、金持ちの家に生まれても別に関係ない。豊かに実った絵は、単純な要因の結果とはいえない。学校で習ったこと、部活のことなど役に立たぬ内容はひとつもなかった。アルバイトで得た大地の触感や海の香り、汗、油や植物の臭いなどがいまでも蘇る。あらゆる種類の本を読破し、詩を語り、音楽に親しみ、作品を鑑賞し、旅をし、恋をし、家庭を持ち、職場で働き、多くの人と語り合い、反発し合い、複雑な人生の渦中にまき込まれることを恐れてはいけない。画家が個性を描き出し、他の人に主張することは今日の芸術の特性である。そして芸術の価値は個性の価値の中にある。つまり人間の持つ本質的な性質の価値である。芸術は絶対に統制されず、制御されない数少ない表現手法のひとつであり、その危険は多くてもその可能性は無限なものと考えられる。

私の人生の中で経験したことのすべてが、複雑な方法で互いに作用し合った結果の生活史が神の導きによって作品を生み出す要因になったと思っている。50年間の自分の作品をふり返えるとき、構想は生きていくなかから無限に摂取され、描くという行為のなかで作品になってきた。偏屈な考え方や自分の殻に閉じこもった態度からは生まれなかった。日々新たに、物をみつめ、感じ、考え、発見することによって創り出す生の証がひとつひとつの作品であると思うようになってきた。一時の鋭さによって、人の目をひきつけるのではなく、「細工は少し鈍き刀を使うという。妙観が刀はいたく立たず」と徒然草にしるされている彫刻の極意は、営々として生きていく日常生活の中から掴んだのもではないだろうか。そして「時々初心忘るべからず」と花伝書にある世界に徹し得たとき、快心作が生まれる機会が訪れよう。

新現会を仙台での発表の場にして40年の歳月が流れ、多くの師、素晴らしい友、私のまわりをすぎ去った無数の事象、そして理解し支えてくれた妻子子供達、神の与えてくれた因子のすべてに感謝しつつ21世紀をむかえる。

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