佐藤 淳一 (さとう じゅんいち)
Junichi Sato

新現美術協会50年史掲載(2000年12月刊行)

「砂漠の中」

私は、今年平成12年2月から4月にかけての2ヶ月間、エジプト政府の招聘により、あのアスワンハイダムで有名なアスワン市で行われた、第五回アスワン国際彫刻シンポジウムに参加し、アスワン産赤御影石による彫刻を作成し、現地の野外彫刻美術館に設置するという機会に恵まれた。

このシンポジウムは、ドイツ、フランス、スイス、チェコ、デンマーク、他十数名の作家の参加によるもので、エジプト各地の遺跡への旅行も組み込まれており、内容はかなり充実したものであった。しかし、小五の娘が出発直前にスキーで足を骨折し、涙の車椅子での見送りをうけ、またルクソールでのテロの記憶もあり、かなり、家族に心配やら負担をかけてしまった。

そんな中、なんとか無事に仕事をやり終えることができたのは、毎日見ていた砂漠の風景のせいかなと思っている。

朝7時から仕事を始めたが、日中はエジプトの春とはいえ、太陽の強烈な光でサングラスと帽子なしでは立っていられないほどである。夏のアスワンでは、手に持った紙が太陽光で燃えるという話である。

それから、あたりが闇に包まれる夜の9時まで、ただひたすら、3mの御影石と鉄ノミと、エジプト製ハンマー(これがかなりの優れもの)だけで彫りつづける毎日であった。

光があれば影がある。強烈な太陽神ラーにより、砂漠の色も量感も日々刻々と変化してゆく。それはそれは美しいものであった。早朝必ず砂漠をスケッチして、着彩するのが日課であったが、あの色はどうしても出せなかった。よく気が合って話したデンマークの美しい彫刻家フレッドの奥様が画家で、やはりよく砂漠を描いていたが、あの色は出せないと言っていた。

毎日同じ、決して雨の降らない日々。毎日空は青々として、雲などほとんど無い。乾ききった砂漠に、流れる広大なナイル川と緑の木々。日本では決してお目にかかれない眺めである。

製作の手を休め、自分の作品の上に立つと、どこまでも続く砂漠の風景が360度広がる。ナイルの川風に吹かれながら、ただただ、それを見ていた。

自作が形になり、クレーンで立ち上げた頃、いつも見る砂漠の中に、なにかあるように思えてきて仕方がなかった。作品の題名を「inside the desert」としたのは、この頃のことである。

「砂漠が美しいのは、その中に井戸を隠しているからだよ。」という星の王子様の一節は、帰国してから知ったのだが、砂漠の中に見えたものが何だったのか、これからの仕事の楽しみである。

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